お前達の仕事振りをみせてやれ!と言われて夕勤の
時間にも働くことになった。 夕勤に対してのテコ入れの一環で、
要するに「根性を叩き直せ」とか、「ガキを煽れ」といった意味
なのだろう。 実際には人が一人減って、募集をかけるための
経費を削るためでもあるのだろうけど、夕勤の仕事は夜勤の
仕事の効率に大きく影響を与えるので、残った仕事で迷惑を
掛けられたのは一度や二度ではない。
ええ、嬉々として承諾しましたとも。
自慢行為は人間の取る行動の中で格段に品の無い行為だが、
誇るべきもの、誇っても良いだけのものに関してはその限りでは
ないと思う。 ただし、それも優雅に出来ればの話だが。
さりげなく彼らとの能力の差を見せながら、仕事を進めていった。
具体的に言えば、「あれ、こんな時間にお兄ちゃんどうした?」
とお客から言われる俺達夜勤と、普段からルーチンワークで、
誰からも声を掛けられない夕勤と、それが能力の違いだ。
少なくとも、接客ではこれだけの差がある。
少し機転と応用を
利かせるだけで、喋る機械からお友達モドキに変身出来たのは、
全てマネージャーの接客を見て、「ああ、これもアリなんだ」と
思わされた(『思った』では断じてない)お陰だ。
常々言われていることだけれど、今度は俺達がその役に
なる番らしい。
ところで夕勤に入るようになって分かったが、暇だ。
終わりがけにはする事がなくなってしまい、夜勤の仕事まで
取り掛かってしまっていた。 商品の陳列は新店並みに整理され、
よし、これで売り上げアップだろう、という段階まで進んだ。
先ほど書いたばかりだが、夕勤は仕事を残す。
ありえないんじゃないですか。 どこまで指すのか分からない
けれど、「それ」を直すのも、夕勤に入ることになった際に、
与えられた仕事の内なのだ。
時刻は午後9時55分となり、夜勤との交替の時間が
近付いていた。 気付くと夜勤メンバーは一人足りなかった。
要するに一人しかいなかった。 マネージャーはまた遅刻
するらしい。 モーニングコールをしてみるとやはり寝起きの声が
した。
一時間も残業させられ、もう地元で乗る深夜バスさえ
乗れない時間になった頃、小奇麗で体から湯気など出している
マネージャーは、イヌの散歩を終えてやってきた。
神さまだ。 こんなところに神さまがいるよ。
俺は財布から
一万円出して神さまに渡した。 今はまだ、神さまと人とが
一緒の世界に暮らす時代だ。 たまに一緒にパチンコに行くのだが、
前回は足りずに借りたのだ。 ゴッドとは違い八百万の神さまは
時給アップとオゴリ、差し入れを寝坊つかさどり、とても人間的
なのだ。 むしろデフォルメされた人間といってもいい。
バスも無くなり、マネージャー不在の穴を埋めるために
忙しく立ち回っていた俺は、もうバスもないし、終電に遅れなければ
いいかと、もう少しのんびりしてから帰ることにした。
忙しさによる慢性の寝不足を少しは解消出来たのだろう。
余裕のある表情をしたマネージャーと引き継ぎの名を借りた
雑談に華を咲かせ、勝負運と資金運用についてや、仕事の話を
した。 売り上げや発注方法、前回の発注による売り上げの推移に
ついても話した。
ところで、帰ろうとした時にマネージャーが俺を呼び止め、
「夕勤の様子はどうだ」と囁き声で聞いた。
「無気力」と斬って
捨てることまではしなかったが、言葉を濁して、思った事は言って
おいた。 さぞ使いやすいだろう。 道具としても使いやすいし、
誰彼からそれこれまで、バイトも本部社員も関係なく、
店の内外から話を集めるのが得意なので、そういった認識は
自分でも持っている。
「高校生ならそれくらいで普通。 うちのバイトは大人びて
見えるくらいだぞ」と言われた。 ジムの館長の性格の、
面倒な部分をあちこちこそげ落として縮小したような性格の
マネージャーなので、俺としては言葉は無駄だと知っている。
確かに大人びてはいる。 仕事は普通程度には出来る。
問題ないのだが、恵まれた環境を意識出来ていないのは
不幸な事だと思う。 要するに、やる気が感じられないのだ。
まあいい。 呼び止められたことで思い出せた事があるんだ。
報告しなくては。
「ガソリン代がなくなっちゃって」
と意味の分からない理由で電器カミソリを返金したいという
男性がやってきたのだ。 レシートは失くし、買った時間は
7時くらい。 どのレジだったかは忘れたそうだ。
言われてすぐに、「なるほど、返金詐欺か」と思ったものだ。
流行っているらしい。
どこかで盗んだ高額(コンビニの商品内では)商品を
金に換えようとしたのだ。 電器カミソリは典型中の典型で
「ヘヴンって雑誌ある?」と聞かれるくらい応対やすい
(風俗情報誌で、「あいにく取り扱っておりません」と答える)。
レジに登録された売り上げを、時間に照らし合わせて
調べてみる。 ドアの近くの1レジの売り上げ詳細を調べ、
次いで2レジも調べ、3レジはもう一人の夕勤が会計に
使用しているため、もう一度二つのレジを、今度は前後四時間は
余裕を持って調べたが、やはり売り上げは計上されていない。
二台目のレジの時点で男は諦めたけれど、報告のために
カミソリの在庫も調べ、空いた3レジも調べたが、やはりどこにも
記録は無かった。
確かにうちで扱っている商品だったし、すでに在庫にも
売り場にも無いとはいえ、一個パクられていた。
「どこかで盗まれた高額商品」って、まさかうちか!
シェイバー一つ持って帰った男は、もう諦めたことだろう。
同じチェーンの地域中に、彼の特徴は伝わることになった。
こういうのも「一躍有名人」ってやつなのだろうか。
ビクビクしないとコンビニで買い物もできなくなってしまった
彼に、同情の余地はない。 二度と来ない事だろう。
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